レポート#1

今年から、慶應大学のスポーツ新聞サークルである「慶應スポーツ」の学生が、インターンシップとして車いすフェンシングの魅力を伝えていく活動に参加することになった。普段の活動として様々な競技を取材しているが、パラスポーツについてはまだまだ勉強中。そもそも、車いすフェンシングとはどんな競技なのか。今回はそれを知るため、東京都北区の赤羽スポーツの森競技場で、選手たちの練習を見学させていただいた。そこでの発見や驚きを、これから3回にわたってお届けしていく予定だ。今回は初回ということで、見学した2人から感じた思いをつづりたいと思う。

試合中に選手の支えとなるピスト
試合中に選手の支えとなるピスト

○車いすフェンシングが私たちを魅了する

 

・初心者でも剣を握れば一瞬で夢中に

 


ホールの中でひときわ存在感を放つのは、競技専用の車いすとそれを固定するピストという器具。これらは、北区がパラスポーツ推進の一環で購入したものだ。以前はイスなどを使った疑似的な練習のみだったが、競技用具が導入されたことにより、実践的な練習が可能になったという。今回はなんと、練習の合間にこれらを使って実際の競技を体験させていただいた。そこで感じたのは、大きな二つの「想像以上」だった。

 

一つ目は、想像以上にシンプルな競技だとういうこと。車いすフェンシングでは、車いすがピストで固定された状態で行うため、「相手の攻撃を避ける」動作がほとんどない。ただ、相手より一瞬でも早く胸を突いた方が勝ち。駆け引き無しのスピード勝負だ。なので、数秒で勝敗が決まることも珍しくないという。もちろん、大会で上位を目指すためには突くテクニックや上半身の移動が必要になる。だが、基本の動作は「剣を前に出す」ことだけ。このシンプルさのおかげで、私のような初心者でも、直感的にこの競技を楽しむことができた。

二つ目は、想像以上に奥が深い競技だということ。車いすフェンシングは、上に書いたように移動が無く動作も単純なため、非常に簡単なスポーツだと思っていた。しかし、実際に体験してみると、終わった後には運動後の心地よい疲れを感じていた。まず、専用の車いすに乗ってみる。しっかりと固定されている安心感はあるが、突くためにいすの右側の柵が無くなっている。なんだか気を抜くと落ちてしまいそうだ。競技中は左手と上半身の筋肉のみで体を支えるので、激しく動こうとするとかなり筋力を使うことがわかる。さらに、相手までの距離が想像以上に遠い。しかも、フェンシングと同様、ポイントを奪うためには剣先のセンサーを相手に押し込まなければならないのだ。これを数秒の間で行うというのだから、運動効果は抜群である。車いすフェンシングを「やる」だけなら誰にでもすぐにできるが、「勝つ」ことを目指せば必要な要素は無限に増えていく。このように、年齢や体力によって様々な楽しみ方ができることが、この競技の大きな魅力であると感じた。

 

今回の見学では、車いすフェンシングの楽しさを感じることが出来た。映像で見ているだけでは、「難しそう」、「自分には縁の無い競技」という印象が大きかったが、実際はその真逆であった。しかし、やはり多くの人は当初の私と同じような考えを持っているのではないか。そういった車いすフェンシングに対するイメージを少しでも変えてきたい、そう思わせてくれた2時間であった。

 

・何よりも強さを感じた

 

今回の練習見学の中では様々な経験をさせていただいたが、その中で感じたのはそこで過ごす人々の強さだ。僕達慶應スポーツの部員は普段、いわゆる健常者のスポーツを取材している。その中で選手とふれあい、様々な強さを見てきたわけだが、車いすフェンシングという競技を通して感じる強さは全く別物だった。

 

車いすフェンシングの大会へは下半身に障害があることが出場条件になる。これがフェンシングを車いすでやるということにもつながっているのだろうが、今回見学させていただいたホールにはそうでない障がい者の方もいらっしゃった。彼らがこの競技をする一番の大きな理由はリハビリだという。ここはパラリンピックを目指す選手が練習する場だ。そのうちの一人である加納慎太郎(31)さんもその日ここで練習をされていた。それは大学の體育會ではまずない環境だろう。しかし、「それはそれでいいと思っている」と今回の見学を企画してくださった日本車いすフェンシング協会の方は語っていた。そして、僕自身もそれが、良い環境なのではないかと思わされた。

 

それは障害者がスポーツをやる。そして、その頂点を目指すということは、その言葉が示す以上に大変なことであると思い知らされたからだ。今回の練習見学で加納さんと話す機会をわずかながら得られたので、その話をしたいと思う。今ではパラリンピックを目指す選手の一人となった加納さんだが、そこに至る道は簡単な道ではなかったというのだ。

ひたむきに相手に向き合う加納慎太郎選手
ひたむきに相手に向き合う加納慎太郎選手

高校生の時にバイクの転倒事故で片足を切断する大怪我を負った加納さん。長い時間をかけてその深い絶望から脱し、目指した先はパラスポーツではなかったという。幼いころから父の影響で続けていたという剣道を健常者に混ざって行うという道を選んだのだ。大会でもメダルを獲得するような成績を残すようになった加納さん。しかし、彼は知人に言われた「お前も出場できるかも」という言葉で車いすフェンシングへの転向を決意し、日本車いすフェンシング協会に「パラリンピックに出ます」というメールを送ったという。そうしてのめり込んだ車いすフェンシングの世界。今ではこれが就職の機会にもつながり、ビジネスにもなっている。生活の支えになっているのだ。

 

こう語ってくれた加納さんだったが、僕はここから障がい者がスポーツをするために乗り越えなければならない精神的な壁の数々を感じずにはいられなかった。中でも感じるのは自身が障がい者であるということを認めなければならないという壁だ。怪我の後、健常者の剣道の世界に戻ったというのもこの壁の前にあったからこその選択ではないのか。その上で送ったというメールの、自信にあふれた文面もそれを乗り越えるための一歩だったのではないか。そう思わされてならないのだ。

 

しかし、こうした経験を乗り越えてきた加納さんは今がとても充実していると語ってくれた。今はビジネスでもあるけど、と言いながらも、この競技を「好きだからこそやるんでしょ」と、語るその表情には障害を乗り越え、新たな充実感を手にした者だけが手にすることが出来る笑顔が浮かんでいるように見えた。

 

それは加納さんだけではない、今回の体験の中で見て、触れ合った人たちには皆さんに同様の強さを感じた。そういった人たちが織りなしていく競技だからこそ初心を忘れてはいけない。忘れない環境づくりがそこにいる人々を人としても選手としても強くしている。そう感じさせられた。そういった部分で、今回の見学は僕に新たな価値観を与えてくれる経験になった。これからのこの活動の中でその強さと魅力を伝えられたらと、そう思わせてくれる時間だった。

 

○まとめ

 

今回は2人から車いすフェンシングを通して感じた思いを素直に書いた。その中で、読者の皆さんには少しでもこの競技に思いを深めてもらえたらと思う。

これから後2回、慶應スポーツの見学者の素直な感想がここに載ることになる。読者の皆さんにとってはおそらくなじみの薄い競技だろう。しかし、それはこの著者たちも変わらない。部員のゆっくりとした歩みを読者に皆さんが様々なペースで見守ってもらえたら、それに勝る喜びはない。皆さんにこの競技の魅力が伝わることを切に願って、今回はここで筆を置かせていただく。

 

 

(慶應スポーツ新聞会・下川薫,岩本弘之)